ワーホリを決意するまで

アラサーがワーホリして大丈夫?安定公務員教師を捨て、新たな出会い

 

スティーブ・ジョブズ『何かを捨てないと前に進めない

という名言をインターネットで目にした。

スーパー凡人の私のでさえ、その言葉の大切さを感じる出来事が起きた。

そう、現在私は、大切な人とロンドンに住んでいる

なぜ凡人バツイチアラサーがそうなったのか・・・

 

辞めたからには、何か新しいことをしたい

3年前の私は、何も先のことを考えず、教師を辞めると伝えてから、

スッキリした気持ちと、先の見えない将来について焦る気持ち2つがあった。

その気持ちの中で私は、せっかく辞めたんだから新しいことをしたいとずっと考えていた。

そんな私は、教師を辞めることを伝えてから3ヶ月ほどでワーホリと出会うことになる。

ワーホリ=ワーキング・ホリデー (英語: Working Holiday)とは、2国間の協定に基づいて、青年(18歳〜25歳または30歳)が異なった文化(相手国)の中で休暇を楽しみながら、その間の滞在資金を補うために一定の就労をすることを認める査証及び出入国管理上の特別な制度である。Wikipediaより

 

何かを捨てると、何かを得る。突然の友人からの誘い

私は、教師時代とても疲れ切っていた。

参照:アラサー、公務員教師を3年間で退職した理由。葛藤と決断について

毎日の労働時間以上の仕事量。それを毎日こなすことに必死で、ゆっくり他のことを考える余裕なんてほとんどなかった。

しかし、辞めると伝えてから教員採用試験の勉強が無くなり、私が思う不要な付き合いも更に減った。

結果、教師に費やす時間を捨てた分、将来の不安はありながらも自分のために考える時間をさらに得ることが出来た。

ただ、ゆっくり化粧したり、掃除したり、長電話したり。それだけでも幸せだった。

そこで一通の連絡がきた。

結婚式の二次会のパーティします!良かったらきてね!

大学時代の友人からだった。

卒業してからも会うこともなかった人で、正直その時はあまり交友もなかった。

以前の私なら、毎日のことをこなすことに必死で

『〇〇ちゃんの二次会かー。ちょっとしんどいな。最近は交友なかったし、こんな気持ちで行っても悪いから断ろう』ってなってたと思う。(性格悪くてすみません)

しかし、教師を辞めると伝えた自分は以前より、精神的に余裕が出来ていた。

同窓会がてら行ってみよう!

そんな気持ちで『参加します』と返事していた。

行ってみると、本当にプチ同窓会の様でとっても楽しかった。

そして、結婚、出産、転職などのあるある近状報告が始まった。

私は教師を辞めることを、皆の批判が怖かったし、答えるのもしんどいと思い言えなかった。

そこである友人の言葉があった。

私ワーホリ行くんだ!

その時、私は心の中で

『えええ?!ワーホリ?!ワーホリって何?!なんか聞いたことあるような。。。』

本当に、引くほどの世間知らずの私は、ワーホリという言葉をあまり知らなかった。すぐにそこにいた友人に聞いたり、持っているスマホで調べた。

周りの友人には、29歳でワーホリ知らないとかやばー!ってめっちゃ笑われた。(いや友人よ、笑ってくれてありがとう。今も知らなかった自分にドン引きしている)

私はその時、心の中で感じていた。

『ワーホリ行ってみたい!』と・・・

以前の私なら、忙しさのゆえ

『え?ワーホリ?ふーん。海外で働ける制度か。十分日本で働いてるわっ。海外行っても働くのかよ』

とかクソな愚痴を言ってスルーしていたと思う。

精神的な余裕ができると、新たな出会いを引き寄せ、

何より新しい思考も出てくることに気づいたのである。

本当の自分のために時間を使う

もちろん教師の時も、自分のために時間を使っていた。

しかし、それはとても短期的な目標のためだった。

明日の授業、来週の授業、来年の試験。

全ての目標が1年から3年の短期的で、本当にしたいことではなかった

そして、私は何年生きるかわからないが、

後10年間のことを、考えたときに一度くらい海外生活の経験があってもいいのではないかなと感じたのだ。

そこから私はインターネットなどでワーホリのことを調べまくった。

私は、ワーホリに行くまでの30年間に、タイの1カ国しか海外に行ったことがなかった。

ワーホリ協定国は22カ国もあった!

とっても単純だけど、

世界って広いな。本当に行きたいかわからない。

だけど、本当に少しだけワーホリに興味がある。

人生で、もうちょっと世界を見てみたいな。

が、本当の自分の本音だった。今見ても単純すぎてバカ笑

 

ワーホリは無駄?成功も失敗も、その人の考え方次第

ワーホリを調べていくうちに、必ずこういうのが出てくる。

ワーホリから帰ってきて再就職先が、前の職場より年収少ないオワタ。

ワーホリ先で日本人としか絡まず、結局全く英語できない。

そして、周りの友人や親(そして旦那からも。この時私は結婚していた。この話はまた詳しく書きます)皆から言われた。

帰ってきてから大丈夫?と。

しかし、もしワーホリに行って、結果合わなくてまた教師をしたくなったらすればいいし、海外での経験を生徒に話せると思ったら絶対無駄ではないと確信があった

なぜ、そんな確信があったかは今の自分にもわからないが、巷で言うビビッときたのである。

実際これからの世の中はもっとグローバル化が進んで、生徒に海外での生活を聞かれたときに、公立の学校でも一人くらい海外での生活を話せる先生がいた方が生徒たちのためになると思った。

しかし、私の勤めていた公立小学校には海外の生活をしたことある先生は一人もおらず、海外もツアーでしか行ったことない人ばかりであった。小学校の先生は教育大学出身がほとんどなので、留学経験もなかった。

決して海外での生活したことがある人がすごいと言っているわけではない。

海外での生活はどんな結果であれ、日本に戻ってきても経験という消えることのない資産となる。価値があるかないかと聞かれたら、その時の私はあると思った。

子供は知らないことを教えると夢が増えると思う、その夢を増やしたいとも思った。

結果ワーホリが失敗しても成功しても、その経験が資産になるので、その資産をその人それぞれの考え方で活かしたらいいのである。

その活かし方で、後からお金も愛も手に入ると私は考える。

 

結果

ワーホリ様様のおかげで、現在の私はとってもハッピーです!(注:決して大金持ちというわけではなく、私の主観です。あしからず笑

みなさんと私のgalaxyがどんどん繋がりますように。

守茶 モチ

ABOUT ME
守茶もち
元教師レイジーブロガー。30歳から教師を退職→婦人科系疾患→離婚→ワーホリ→国際結婚。2年でボロボロだったオバさんから、現在はイギリスロンドンにて、ハッピーのんびりなフリーランス。毎日の日課は、6杯の紅茶を飲みながら、庭に遊びに来るリスを見ること。